小説　日本消滅

「小説　日本消滅」　巻頭言

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　佐川光晴

　日本の危機が喧伝されて久しい。

　バブル経済の崩壊から２０年が過ぎても抜本的な構造改革を為し得ず、財政赤字の膨張、年金不安、少子高齢化の進行、年間３万人を超える自殺者、産業競争力の衰退、貧困率の上昇、格差の拡大、政治への不信、エネルギー自給率と食料の自給率のさらなる低下、沖縄の米軍基地問題、中国との関係悪化、地域医療の崩壊等々の問題が山積みになっていたところに東日本大震災が起きた。

　政府と東京電力がいくら抗弁しようとも、福島第一原発の炉心溶融事故が突き付けたのは、われわれ日本人には原子力発電所を安全に管理・運転する能力が欠けていた、という冷厳な事実である。

　同様に、日本社会の惨状が示しているのは、われわれは１億余人の生活を持続可能なものとして形成する能力を有していないのではないかという深刻な疑いである。

　ギリシアやイタリアの危機を持ち出して、日本のほうがマシだと高を括っていられるほどノー天気な人は最早いないだろう。

　ＴＰＰ（環太平洋パートナーシップ協定）に参加しなければ、国内産業が空洞化するとの脅し文句が経済界を中心に連呼されているが、われわれが本当に望んでいるのは、企業の国際競争力が強化されることよりも、社会に安心と安定がもたらされることのほうである。

　はなはだ遺憾なことに、バブル経済崩壊後にわれわれが目の当たりにしたのは、一時的な利益のために社員を解雇してはばからない大企業のなりふり構わぬ姿勢と、それを諌めるどころか労働者派遣法によって企業の後押しをしてみせた政治家や官僚たちの見識のなさだった。

　福島原発の炉心溶融事故は、東京電力が単独で起こしたものというよりも、日本の政財官界に巣食う独善的な体質が積もり積もった末に引き起こされた、半ば必然的な事故だったように、私には思えてならないのである。

　「小説　日本消滅」で私が描こうとするのは、東日本大震災後も迷走を続ける日本の近未来である。

　日本列島で暮らす人々の多くは、どうすれば安心で豊かな生活をおくれるようになるのかを、真剣に模索しているにちがいない。

　反＝原発運動がその突破口を開くものとなりうるのかどうか、私にはわからない。善意から為された行為が、その意図とは反対の結果を生むのも世の習いである。

　さらにいえば、地震の活動期に入ったともとれる日本列島では、いつ次なる大地震が起きてもおかしくはない。

　インターネットという双方向性のある媒体上で、現実の変化を先取りした小説を描くことで、われわれが取り組むべき課題と、社会が目指すべき姿を、読者と共に考えていければと思っている。

　「小説　日本消滅」と悲観的な題名を掲げているが、そうした最悪の事態に陥らないためには、いかに行動すべきなのかをリアルに模索したい。

　第１回の掲載は、震災から１年後の２０１２年３月１１日を予定している。

　もとより、一人の作家には荷が勝ちすぎた題材であり、第２回以降は読者からの意見を参考にして、積極的にストーリーに反映させていきたいと考えている。日本の未来を切り開くために、多くの読者の参加を期待したい。