『NEWSを疑え!』第179号(2013年1月24日号)

【今回の目次】

◎ストラテジック・アイ(Strategic Eye)
 ◆日本はいま、中国の「三戦」の渦中にいる
 ◆10年前、中国は『孫子』の兵法を戦略化した
 ◆輿論戦、心理戦、法律戦とは
 ◆尖閣諸島や南シナ海で展開される三戦の実態
◎セキュリティ・アイ(Security Eye)
 ・中国の造船不況が海洋監視船を大量に生み出している(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
◎ミリタリー・アイ(Military Eye)
 ・アルジェリア人質事件とマリ紛争の背景に地球温暖化(西恭之)
◎編集後記
 ・情報収集用の衛星を増やすというが・・・

◎ストラテジック・アイ(Strategic Eye)

◆日本はいま、中国の「三戦」の渦中にいる

国際変動研究所理事長 軍事アナリスト 小川和久

Q:中国が尖閣諸島周辺で日本の領海や領空の侵犯を繰り返しています。背景に中国の「三戦」という考え方があることは、当メルマガでも何度か触れました。今回は、三戦についてより詳しく教えてください。

小川:「2012年9月に日本政府が沖縄県石垣市の尖閣諸島を国有化して以降、中国は同諸島付近で領海侵犯などを繰り返しています。13年1月7日午前11時すぎから8日未明にかけては、中国国家海洋局の海洋監視船、いわゆる『中国海監』4隻が領海に侵入しました。中国公船(中国政府の船)の領海侵犯は12年12月31日に続くもので、国有化以後では実に21回目です

「日本政府は、首相官邸の危機管理センターにおく情報連絡室を官邸対策室に格上げして情報収集や警戒にあたったほか、外務省の斎木外務審議官が8日午前に中国の程永華駐日大使を呼んで厳重に抗議し、再発防止を要求しました。程大使は『尖閣諸島は中国の領土である。申し入れは受け入れられない』としつつも、『本国に報告する』と述べました」

「2012年12月13日には、機体に『中国海監』と書き中国・国家海洋局所属と見られるレシプロ機が、尖閣諸島魚釣島の南15キロの日本領空に侵入しました。これは中国の航空機が初めて日本の領空を侵犯した事件です」


2012年12月13日に日本の領空に侵入した中国機(海上保安庁撮影)

「この航空機は時速300キロも出ない低速のうえ、低空で侵入してきたため、航空自衛隊のレーダーサイトからはキャッチできず、尖閣諸島付近にいた海上保安庁の巡視船が発見し、防衛省に連絡したものです。航空自衛隊は沖縄県の那覇基地からF15戦闘機をスクランブル(緊急発進)させましたが、400キロ以上も離れていることもあり、接近することはできませんでした。2013年に入っても、中国当局の航空機は日本の領空周辺の防空識別圏に何度か侵入しています」

「これらは、中国が三戦、つまり輿論戦・心理戦・法律戦の3つを実地に展開しているのだ、と考えられます。以下、詳しく見ていきましょう」

◆10年前、中国は『孫子』の兵法を戦略化した

Q:そもそも三戦とは、なんですか?

小川:「三戦とは2003年12月に改訂された『中国人民解放軍政治工作条例』に位置づけられた輿論戦、心理戦、法律戦という3つの作戦や戦術のことです」

「中国人民解放軍政治工作条例は、中国の人民解放軍とは何かを定めた法規で、人民解放軍の使命、役割、原理原則、組織内容、政治活動などについて記してあります。このルーツは中国共産党が抗日戦争を戦っていた時代、1938年の『国民革命軍第十八集団軍政治工作暫行条例(草案)』や42年の『中国国民革命軍第十八集団軍(第八路軍)政治工作条例(草案)』などまでさかのぼります」

「人民解放軍の成立(八路軍から改称)は1947 年 10 月、中華人民共和国の成立は49 年 10 月です。中国人民解放軍政治工作条例の草案策定は54年4月で、毛沢東の了承をへて公布されたのが63年でした。同条例は2003年に改訂され、2010年にも一部改訂されています。第1条と第2条の日本語訳を紹介しておきましょう」

【中国人民解放軍政治工作条例(2010年版)】
http://www.360doc.com/content/10/0918/21/53332_54703368.shtml(中国語簡体字)

第一条 中国人民解放軍の政治活動を規範化し強化するため、中国共産党章程と中華人民共和国憲法に基づいて、本条例を制定する。

第二条 中国人民解放軍は、中国共産党が創建し指導する、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、トウ小平理論と「三代表」の重要思想で武装した人民軍であり、中華人民共和国の軍であり、人民民主主義政治の強固な柱石である。人民とともにしっかり立ち、誠心誠意人民に奉仕することが、軍を支える唯一の目的である。中国人民解放軍は、終始変わらず人民軍としての性格を保持し、党に忠実、社会主義に忠実、祖国に忠実、人民に忠実でなければならない。
(トウは偏が登、つくりがおおざと)

注)「三代表」は、先進的生産力、先進的文化、もっとも広範な人民の利益の3つを中国共産党が代表すべきである、とする理論のこと。

小川:「中国人民解放軍政治工作条例は、第二章第十四条に中国人民解放軍政治工作の主要な内容を列挙しています。三戦は(十八)に出てきますから、上のリンクを参照してください。『輿論戦、心理戦、法律戦を遂行し、敵軍瓦解活動を展開』という意味が読み取れるでしょう。『工作』は、そのままでもかまいませんが、『活動』と訳したほうがしっくりくるかもしれません」

◆輿論戦、心理戦、法律戦とは

Q:輿論戦、心理戦、法律戦とは、具体的にはどんな作戦ですか?

小川:「これについては、防衛省防衛研究所編『中国安全保障レポート』(2011年3月)の10ページに載っている『コラム:三戦(輿論戦、心理戦、法律戦)』に、たいへん要領よくまとめられています。ちょっと長くなりますが、引用しましょう」

【防衛省防衛研究所編『中国安全保障レポート』創刊号】
http://www.nids.go.jp/publication/chinareport/pdf/china_report_JP_web_A01.pdf

●コラム:三戦(輿論戦、心理戦、法律戦)

 中国共産党が率いる軍隊はその誕生以来、装備、兵力の劣勢を自覚していたために、「戦わずして勝つ」方法を模索してきた。伝統的に人民解放軍が得意とするのは心理戦であり、人民解放軍は抗日戦争、国共内戦、朝鮮戦争などにおいて心理戦に成功してきたとされる。

 また、湾岸戦争、コソボ紛争、第2次チェチェン紛争およびイラク戦争の教訓から、情報通信の進歩によって心理戦の様相が変化していることと、戦争の合法性が問われるようになったことなどを学んだ人民解放軍は、2003年12月に改定された「人民解放軍政治工作条例」において「輿論戦、心理戦、法律戦を実施し、敵軍瓦解工作を展開する」として、いわゆる「三戦」の実施を規定した。

 三戦は相互に不可分であり、輿論戦は心理戦と法律戦に有利な国内外の輿論環境を提供し、法律戦は輿論戦と心理戦に法律上の根拠を提供する。三戦は中国の得意とする「宣伝」を手段として敵の弱体化をはかるという意味で、非対称戦の一部と見なすこともできる。

輿論戦
 輿論戦とは、自軍の敢闘精神を鼓舞し、敵の戦闘意欲を弱めるために内外の輿論の醸成を図る活動をいう。新聞、書籍、ラジオ、テレビ、インターネット、電子メールなどのメディアと情報資源が総合的に運用される。

 常用される戦法については、敵の指導層や統治層の決断に影響を及ぼす「重点打撃」、有利な情報を流し不利な情報を制限する「情報管理」などがある。近年、人民解放軍は、国防部報道官制度の導入、国防部ウェブサイトの開設、全軍的なマスコミ対応訓練など、輿論戦にかかわる施策を積極的に進めている。

心理戦
 心理戦の目的は敵軍の抵抗意思の「破砕」であり、敵軍に対する「宣伝」、「威嚇」、「欺騙」、「離間」による認知操作と自軍の「心理防護」を主な形態としている。

 「宣伝」は、ラジオ、テレビ、インターネット、投降勧告、印刷物の散布といった手段を通じて敵側の思考、立場や態度の変化を狙う。「威嚇」は軍事演習などの軍事圧力、有利な戦略態勢および先進兵器装備の誇示を通じて、敵軍の認識、意志への影響を狙う。「欺騙」は、「真実」を「偽装」することで敵に錯覚を生じさせ、敵軍の決定と行動を誤らせることである。「離間」は指導者と国民、指揮官と部下の間に心理的な猜疑、離心を生じさせ、自軍が乗じる隙をつくることである。「心理防護」は士気低下の予防、督励、カウンセリング、治療などによって心理防御線を築き、敵の心理戦活動を抑制・排除することである。

 人民解放軍は、部隊の訓練に心理戦を取り入れるばかりでなく、心理戦専用の装備も開発している。

法律戦
 法律戦は、自軍の武力行使と戦争行動の合法性を確保し、敵の違法性を暴き出し、第三国の干渉を阻止する活動をいう。それにより、軍事的には自軍を「主動」、敵を「受動」の立場に置くことを目的とする。法律戦は法律上の勝利を目指すのではなく、あくまで軍事作戦の補助手段と位置づけられる。

 近年、国際法の遵守という消極的な法律戦ばかりでなく、独自の国際法解釈やそれに基づく国内法の制定など、自ら先手を打って中国に有利なルールを作るという積極的な法律戦への志向が顕著になっている。
【引用ここまで】

小川:「輿論戦は世論戦やメディア戦と言い換えてもよいでしょうが、心理戦と法律戦は日本語でそのまま通じる内容です。この三戦を中国側は『砲煙の上がらない戦争』と呼んでいます。これは軍事力を行使せずに敵に勝つ、まさに『孫子』の兵法そのものなのです」

「『孫子』は、中国春秋時代の思想家、孫武の作とされる兵法書です。孫武は紀元前500年頃の人物で、呉に仕え、その勢力拡大に貢献しました。孫子の主張で特徴的なことは、戦争を単に戦術を駆使する武力衝突として見るのではなく、国家経営と戦争の関係を大局から政略的・戦略的に見る視点です」

「たとえば『国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ』や『百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』といった非戦、あるいは非好戦的な考え方がそうです。情報戦を重視する『彼を知り己を知れば百戦して殆うからず』もよく知られています。『孫子』が日本に伝えられたのは奈良時代と考えられます。鎌倉時代の『古今著聞集』には、源義家が前九年・後三年の役で『鳥の飛び立つところに伏兵がいる』という孫子の教えに従って敵を破った話があります。武田信玄の『風林火山』も孫子の一節です」

◆尖閣諸島や南シナ海で展開される三戦の実態

Q:尖閣諸島をめぐる中国の行動を、三戦に照らして解説してください。

小川:「中国は、尖閣海域に盛んに海洋監視船や航空機を出し、ときに領海や領空を侵犯して、日本に圧力を加えています。同時に国際社会に対して心理的な影響を及ぼしています。日本を威嚇し、国民の不安や猜疑心を募らせ、日本国内の世論の分断を図っているともいえるでしょう。つまり心理戦です」

「日本が抗議すると、今度は中国外務省の報道官が『尖閣諸島は中国の領土である。日本側の抗議は受け入れられない』と述べ、これが中国でも日本でも大々的に報道されます。中国国内では、尖閣諸島を不法に占拠しているのは日本だ、という認識が強固になっていきますし、日本でも中国は一歩も引かないというイメージが広がっていきます。輿論戦です。領海侵犯する海洋監視船や漁業監視船も、領空侵犯する国家海洋局の航空機も、わざわざ白く塗装し、非武装であることを明示しています。非武装ならば攻撃されないことを見越して、中国は平和的な活動をしているのだとアピールしているわけで、これも輿論戦の一面です」

「中国が海洋監視船や漁業監視船、海洋調査船を盛んに送り出すのは、1982年の国連海洋法条約を逆手にとっての動きです。つまり法律戦です。同条約は『国が所有または運航する船舶で政府の非商業的役務にのみ使用されるもの』に軍艦なみの治外法権を与えています(第31条、32条、96条、236条など)。この種の船舶を『公船』といい、領海内の無害通航に関する規則に違反しても、沿岸国は退去を要求することしかできません。もちろん、日本の『領海等における外国船舶の航行に関する法律』も同条約に基づいていますから、海上保安庁の巡視船艇は退去を呼びかけるしかできないのです」

「中国は、国際法をとことん活用できるように国内法を整備して足場を固め、自国の法律や国際法を根拠として行動しています。また、1997年11月に署名され2000年6月に発効した日中漁業協定は、北緯 27度以南の東シナ海の日本の排他的経済水域について棚上げにしています。日本はこの海域をEZ漁業法適用特例対象海域に指定していますから、中国漁船が操業でき、それを監視すると称して中国当局の船舶がうろつくわけです。中国側は、日本の法律がザル法だということも踏まえています

「こうして見てくると、中国は尖閣諸島問題で、まさに三戦を絵に描いたような取り組みをしていることがわかります。2012年4月、日本の大陸棚の延長が国連に認められましたが、中国は以前から国連に、居住に適さない『沖ノ鳥礁』(沖ノ鳥島)は岩であって、EEZや大陸棚を設定すべきでないと盛んに申し入れてきました。国連海洋法条約121条第3項に『人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域または大陸棚を有しない』とあるからで、これも中国が仕掛けている法律戦です」


アメリカ連邦議会で演説する宋美齢

「『中国安全保障レポート』に、人民解放軍は伝統的に心理戦が得意とありましたが、中国の輿論戦や心理戦を象徴するのは、戦前にアメリカで活躍した宋美齢でしょう。彼女は蒋介石の妻、姉の宋慶齢は孫文の妻で、2人ともアメリカ留学を経験しています。1937年に日中戦争が始まると、宋美齢は蒋介石の通訳としてアメリカ側との交渉に同席し、アメリカからの軍事援助を獲得します。太平洋戦争が始まるとルーズベルト大統領の招聘で42年11月~43年5月の間、アメリカに滞在し、米国全土をめぐって英語で演説し、抗日戦への支援を訴えました。43年2月にはアメリカ連邦議会で、宝石をちりばめた中華民国空軍バッジを着けたチャイナドレス姿で抗日演説をおこない、アメリカはもとより国際世論に大きな影響を与えました」

「現在でも中国は、国連平和維持活動(PKO)に積極的に参加し、殉職者も出しています。3万トンくらいの中古貨物船をモジュールコンテナ方式の病院船(ベッド数200~500)に改造してアフリカ沿岸、インド洋沿岸、カリブ海諸国を巡回させ、無料の医療奉仕活動にも熱心です。数百億円の病院船建造を求める超党派の議員連盟を結成し、15~16年ほどたつのに1隻も持つことができないどこかの国とは大違いです。中国は、こうした貢献でイメージを向上させ、同時に援助もおこない、資源ビジネスなどに積極的に乗り出しています」


中国海軍のモジュールコンテナ方式の病院船865号
(飛揚軍事掲示板)

南シナ海でも三戦を巧みに使っています。ベトナムが2012年6月に海洋法を制定し、南沙・西沙諸島の領有権や大陸棚、EEZなどを規定して、外国の公船と艦船が領海内を通過する際の事前通報を求めると、中国は対抗措置として、南シナ海の海南省西沙・南沙・中沙諸島の県レベル事務所を廃止し、地区レベルに昇格させて三沙市を設立。同市が3諸島を管轄することとしました。住民が440人しかいないのに大都市と同じ行政区とし、軍事力で守りきる構えを見せつけたのです。12年に就役した新型空母『遼寧』も、戦力としては使い物になりませんが、心理的な威嚇効果は小さくありません」

「日本では、ほとんど知られていませんが、中国は2012年6月から尖閣諸島の気象予報をスタートさせています。日本人は、尖閣諸島は日本の領土に決まっているし、しかも無人島だから、天気予報など必要ないと思うでしょう。しかし、中国は三戦の一環として、そこまでやるわけです」

「これが中国の三戦の実態です。平和憲法と呼ばれる日本国憲法のもと、自立できない構造の軍事力しか備えていない日本です。その日本にもっとも必要なものは、『戦わずして勝つ』という孫子の戦略的思考だということを忘れてはなりません。東アジアで中国が展開する三戦を、敵対的にとらえるだけでなく、日本が身につけるべき能力の実例を中国が示しているのだと、受け止めるべきでしょう」

(聞き手と構成・坂本 衛)

◎セキュリティ・アイ(Security Eye)

・中国の造船不況が海洋監視船を大量に生み出している

(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

 中国の造船業の竣工量は2010年に韓国と日本を抜いて世界一となったものの、欧米の不況で中国からの製品輸出の需要が減ったことに伴い、中国の船会社からの受注が止まり、キャンセルも相次ぎ、造船所の淘汰が進んでいる。

 中国政府が海洋監視船などの艦船を大量に発注している背景には、造船所の破産や人員削減で失業者が増え、社会の安定を脅かすことへの懸念もある。中国政府が雇用を守るために多数の造船所に1隻ずつ発注すると、第二次世界大戦中の米国以来の規模で、軍艦または政府公船が進水することになる。

 現行の第12次5カ年計画(2011‐15年)は、「造船業界の構造を合理化し、技術革新を推進し、船舶の品質を向上する」目標を掲げている。中国政府は造船業界を再編するうえで、官需という手段をどのように用いるのだろうか。

 1月14日付け『中国証券報』によれば、馬凱・国務委員、苗ウ・工業情報化部長、王勇・国務院国有資産監督管理委員長、林左鳴・中国航空工業集団総経理らが昨年末に行なった調査研究を受けて、政府各部(省)は、造船と航空機用エンジン製造の重点企業を財政、融資、税制の面で支援する計画を検討している。
(ウはつちへんに于)

 『中国証券報』は、海監総隊の大型海洋監視船を調達するための専用予算の設定を造船業界が求めていることや、「中国の造船所の半数は2‐3年以内に破産する」との政府筋の見方も紹介している。

 2010年の時点で、中国には載貨重量トン数5000トン以上の船舶を建造できる造船所が270カ所あった。ちなみに、第二次世界大戦中の米国は、米軍用と輸出用の全ての戦闘艦を、30カ所の造船所で建造した。

 仮に中国政府が第二次大戦中の米国と同数の30カ所の造船所の雇用を維持するため、2015年までの3年間、1カ所につき毎年1隻の公船を新たに発注すると、90隻が進水する。90隻でも、第12次5カ年計画で海監総隊に新たに配備される予定の36隻の2.5倍となる。

 政府が雇用対策として艦船を発注するなら、軍艦よりも海洋監視船を発注するほうが合理的だ。軍艦には誘導兵器、対潜ソナー、ガスタービンエンジンなどを搭載する必要があるが、これらの装備品の生産設備は、少なくとも中国では造船所ほど余剰能力がないので、大量の軍艦を急に発注しても、空っぽの船体が進水することになる。海監総隊の監視船の場合、単純な装備品の生産が船体に追いつかない心配はほとんどない。

 また、海洋監視船は、中国から途上国への輸出品としても商品価値を備えている。輸出先に需要と運用能力があり、中国から軍艦を輸入する場合ほど政治的な配慮を必要としないからだ。中国が雇用対策として建造する海洋監視船が、アンゴラなどから資源を引き出す外交カードになる可能性もある。

◎ミリタリー・アイ(Military Eye)

・アルジェリア人質事件とマリ紛争の背景に地球温暖化

(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

 アルジェリアの天然ガスプラント人質事件の犯行グループは、隣国マリにおけるフランスの軍事介入の中止を要求していたが、マリの紛争が拡大した背景には、地球温暖化によるサハラ砂漠の拡大があることは、意外に知られていない。

 人質事件とマリ紛争では、「覆面旅団」とも「血盟団」とも名乗る犯行グループと、マリの武装勢力アンサール・ディーンが叫ぶ過激なイスラム主義ばかりに世界の目が注がれたが、その陰に隠された地球温暖化の問題を押さえないと、発展途上国などにおける紛争やテロの原因を根絶することはできないだろう。


サヘル地域(国連ミレニアム生態系評価報告書・
砂漠化編(2005年)20頁の地図を加工)

 サハラ砂漠南縁部の半乾燥地域「サヘル」は、マリなど大西洋と紅海の間の9カ国を東西に横切っている。サヘル地域の雨量は不安定で、熱帯大西洋、インド洋、熱帯太平洋東部の海水温に左右される。海水温が上がると、モンスーン(海からの季節風)が弱まり、サヘル地域は乾燥して植物が枯れ、植物が蒸散する水蒸気が減る一方、地面からの照り返しが強くなり、モンスーンが弱まる……という循環で砂漠化が進む。

 1900年頃から1970年頃まで、サヘル地域の西半分の雨量は1970年以後よりも多く、マリでも農耕と牧畜が発展した。1960年の独立時に525万人だった人口は、2009年の時点で1452万人に増えた。

 それが、1970年以後は雨量が減り、マリでは特に北部の遊牧民のトゥアレグ人が干ばつに苦しむようになった。1970年代には数万人のトゥアレグ人がリビアに移住し、カダフィ大佐によって「汎アフリカ・イスラム部隊」という軍事組織に編成された。

 アンサール・ディーンの指導者イヤド・アグ・ガリは、マリ北東部のトゥアレグ人貴族の家に生まれ、1980年代初めにリビアの汎アフリカ・イスラム部隊に入隊した。部隊が解散されるとガリは帰国し、マリの長期独裁政権に対する1991年のクーデタに参加した。

 リビア内戦からの帰還兵を含むトゥアレグ人は、マリからの独立戦争を2012年1月に開始し、マリの北半分を占拠、4月6日に「アザワド」の独立を宣言した。この段階で独立戦争を主導していたのは、世俗的なアザワド民族解放運動で、ガリは脇役だった。

 そこでガリはアンサール・ディーンを創設し、分離独立ではなく、「マリ全土におけるイスラム法の実施」を戦争の目的として、6月以後、アザワド民族解放運動をトンブクトゥなどの都市から追放し、世界遺産の聖廟を破壊する暴挙に至った。

 2013年1月10日、アンサール・ディーンがマリ中部のコンナ村を占領し、南部への侵攻の危険が明らかになったので、翌11日、マリ政府に軍事介入を要請され、展開していたフランス軍がアンサール・ディーンへの攻撃を開始した。

 この経緯を眺めると、マリ政府が国土の北半分をたちまち失い、2012年にクーデタを2回も経験するほど弱体化していた背景には、近年の干ばつでマリ南部の農業が不作となり、税収が減っていたことが遠因となったことがわかる。

 今回のマリ紛争の原因を先進国にも求めるのであれば、マリへのフランスの意図的な介入よりも、先進国が排出してきた二酸化炭素等による地球温暖化のほうが大きな原因だと認識する視点も必要かもしれない。

◎編集後記

・情報収集用の衛星を増やすというが・・・

 アルジェリアでの人質事件の悲劇を受けて、政府は情報収集体制の強化に乗り出すそうです。

 その第一弾として、早速、情報を収集するための人工衛星の能力を強化する方針を打ち出しました。

「政府が地上を監視できる衛星を平成25年度から5~10年かけて倍増させる計画を策定したことが21日、分かった。北朝鮮のミサイル発射施設などを監視するために運用中の情報収集衛星とは別に、新たな衛星システムとして6基を打ち上げる。アルジェリアの外国人人質事件をめぐり衛星分野でも日本の情報収集態勢が不十分なことが浮き彫りとなり、計画前倒しや識別能力の向上も視野に入れる。

 新衛星システムは災害監視や地図作製、資源探査などを主な目的に構築。『光学衛星』と『レーダー衛星』を計6基打ち上げ、世界のあらゆる地点を撮影できるようにする」(以上、1月22日付け産経新聞)

 現在、3基体制の情報収集衛星は、27日のレーダー衛星打ち上げで4基体制となり、さらに6基を加えようというものです。

 しかし、それで情報を収集できるようになると思ってはなりません。

 世界の情報関係者の共通認識のひとつに、「情報は、それを取りにいった人間のレベルに応じたものしか手に入らない」というものがあります。

 そこで明らかになる情報収集の順序は、まず、自分にどれくらいの情報収集能力があるのかを見極め、そこから外国などの情報収集活動に入るというものです。

 そうしないと、せっかくの情報を手にしても価値がわからなかったり、目の前にある情報を見逃してしまうことになりかねません。

 情報収集用の人工衛星にしても、まず衛星の画像を解析する能力を高いレベルで備えることが優先します。

 もうひとつ、忘れてならないのは、人工衛星の情報が情報収集のすべてではないということです。

 どこの国でも同じですが、人工衛星から得られる情報は最も重要ではあるけれども、必要な情報全体の30%以下の比率だということを認識しておかなければならないのです。

 衛星情報を解析するためには、対象となる地域・国に関するエリアスタディ(地域研究)が高いレベルで行われており、そこにシギント(信号情報)と呼ばれる電子・電波情報、ヒューミントと呼ばれる人間を介した情報が加わる必要があります。

 シギントには通信傍受も含まれますし、ヒューミントは当該国の政府関係者、ジャーナリスト、亡命者、貿易関係者、旅行者、NGO関係者などから直に得る情報など。多岐にわたります。

 政府発表・新聞・書籍・放送など公開されているものを分析するのも、情報活動の基本です。

 衛星の増強に先んじて、日本が取り組むべき課題を安倍内閣が理解していることを祈ります。

(小川和久)

(次号をお楽しみに)

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